日本の写真にフォーカス
デジタル出版物
このサイトは、戦後から現在に至るまで、サンフランシスコ近代美術館所蔵の膨大で多様な日本の写真コレクションを中心に、過去60年間の主要な写真家の仕事を通じて、日本の独特で革新的な写真文化の発展を検証しています。 戦後日本における連合軍の占領とベトナム戦争期における在日米軍の拡大、1980年代の目覚ましい経済成長とその後に起きたバブル崩壊、そして2011年に東北地方で起きた東日本大震災までの激動の時代でありながらも芸術的に肥沃な時代を、写真家たちの経歴、講演会の内容、ビデオインタビューやその他の資料で洞察します。
NIKONは100年以上にわたり、私たちの日常生活を改善し、より美しい芸術を創造し、人類の最大の課題のいくつかを解決するために、新しく革新的な画像技術を追求してきました。これらの影響力のある写真家の重要な作品やストーリーを世界に届けるサンフランシスコ近代美術館の『日本の写真にフォーカス』に協力できることを誇りに思います。
インタビュー
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3:37荒木経惟の「モア・イズ・モア」という...
〈写鬼〉荒木経惟が、自由奔放に撮影対象を捉える方法論を語る。完璧を目指すのではなく、ある瞬間に自分が惹かれたものを、雑音も欠点も含めて丸ごと取り込むのが自分のやり方だと。
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4:27荒木経惟ー生と死を巡る旅
写真家の荒木経惟が1971年の自身の新婚旅行を撮影した写真集『センチメンタルな旅・冬の旅』(1991年)について語る。この写真集に込められた特別な意味、そしてなぜ生と死の両方の旅がここに含まれるのかを明かす。
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2:52畠山直哉が語る〈オー・サム〉、崇高な...
写真家の畠山直哉が、風景写真への自らのアプローチを美と崇高さという美的概念に関連づけて語る。畠山にとって興味深い写真には〈オーサム〉、すなわち畏怖を感じさせる光景が欠かせないと言う。
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3:00シエル・トンベ−畠山直哉、アートを求め...
畠山直哉が、パリにある石灰岩の地下採石場の崩落した天井を撮影した〈シエル・トンベ〉シリーズについて語る。カリエールと呼ばれる採石場の通路への関心は、日本の石灰岩の採石場を撮影してきた畠山の深い興味から派生している。
エッセイ
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遠くて近い関係ー1970年代にアメリカで開催された日本の写真展
2022年 2月
サンドラ・S・フィリップス
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「日本写真の100年」—歴史の清算と新しい潮流の誕生
2022年 2月
ケリー・緑・マコーミック
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〈近代写真の終焉〉を展示する―「現代写真の10人」展と「15人の写真家」展
2022年 2月
増田玲
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にっぽん劇場
2022年 2月
サンドラ・S・フィリップス
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アーティストトーク
〈風景〉について2022年 2月
畠山直哉
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アーティストトーク
パーソナル・ランドスケープ2022年 2月
畠山直哉
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アーティストトーク
僕の作品について2022年 2月
畠山直哉
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イントロダクション
2022年 2月
サンドラ・S・フィリップス
研究資料
日本の写真—1950年代から1980年代までの批評論集
第二次世界大戦後の日本が消費者主導の経済へと変貌を遂げる中、国の主要な新聞社各社は大衆市場向けの写真誌の制作を始めた。当時、日本土着の特性を持ち、独創的で高い表現力を持つ新しいスタイルの写真が台頭し始めたが、まだ作品自体が芸術表現であることへの世間一般の認知度は低く、このような写真誌がその普及に重要な役割を果たした。数ある写真誌の中でも特に重要な存在だったのは、毎日新聞社の月刊誌『カメラ毎日』と朝日新聞社 (現在の朝日新聞出版) が刊行した『アサヒカメラ』であった。両誌は、その頃成熟期を迎えつつあった東松照明、森山大道、細江英公らに代表される世代の日本写真家の目新しく個性的な作品だけでなく、欧米の写真作品やそれらに対する批評文も紹介した。多くのページはアマチュア写真家の作品にも充てられ、家族写真を上手に撮る秘訣や、海外の大規模な写真展や展覧会図録に関する真摯な批評や論考なども合わせて掲載した。またこの頃、両誌より小規模で私的な写真誌も出回るようになる。石内都と楢橋朝子が手がけた『Main(マン)』は、彼女たちの作品を通して試行錯誤を重ねる女性写真家としての体験を綴っている。ここに厳選した1950年代後半から1980年代にかけて書かれた記事やエッセイはいずれも、日本の写真文化とその海外における写真界との繋がりを考察する現代の言説を例証するものである。
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「N.Y. ’00 」
『Main(マン)』
2000年
石内都
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「対談:もうひとつの手(MAIN)をもとめて」
『Main(マン)』
1996年
石内都、楢橋朝子
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「見るための手だて、記憶するための手だてー戦前日本の写真」
『写真100年』
1980年
ジョン・W・ダワー
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「私は攻撃型の写真家だ」
『カメラ毎日』
1977年
山岸 章二